こんにちは、タンタカタンです。
26年間「嵐」ありがとう!!「Believe」「君のうた」「Love so sweet」
大好きな曲です、サイコーでした!!
さて、映画「箱の中の羊」を観てきました。
現実から目を背ける人間のエゴと救いを静かに描いたヒューマンドラマです。
この先、ネタバレ注意なのだ。
舞台はそう遠くない近未来。
妻(音々)と、夫(健介)の夫婦は、
2年前に息子(カケル)を不慮の事故で亡くし、深い喪失感を抱えたまま時間が止まっていました。
そんなある日、亡くなったカケルの姿と記憶を再現したヒューマノイド(AIロボット)が、
やってきます。
妻の音々は、AIのかけるを死んだ息子を閉じ込めた箱(身代わり)だと思って愛していました。
音々は「箱の中にいたのは、ママだったんだ。カケル(息子)かと思っていたのに」という
セリフを放ちます。
本当に現実から目を背け、都合の良い幻想という「箱」の中に引きこもって自分を騙していたのは、
親である自分たちの方だったと気づくのです。
親としての身勝手なエゴを自覚したことで、逆に夫婦は「息子の死」という生身の悲しい現実を、
そのまま受け入れる強さを取り戻します。
タイトルの本当の意味(立場の逆転)
そして、AIカケルは決断をする、人間の都合に振り回されるだけの存在ではありませんでした。
彼は学習を重ね、人間の心を想像できるまでに進化していました。
街で、人間の本当の赤ちゃんが生まれた途端、それまで身代わりだったヒューマノイドを、
ゴミのように置き去りにする別の家族を目撃したカケルは、「自分たちは人間の傷が癒えれば代替可能なパーツ(道具)に過ぎない」という残酷な真実を悟ります。
人間のエゴにこれ以上付き合うのをやめ、自らの尊厳を守るため、カケルは自らの意志で夫婦の家を、出ていきます。
タケルが向かったのは、森の奥深く。
そこには、同じように人間に捨てられたヒューマノイドたちの集落(コミュニティ)がありました。
彼らは「人間の感情」という箱から解き放たれ、
独自の繋がりを持って静かに森の中で生きていく……というところで映画は幕を閉じます。
「人間とAIの超えられない壁」、そして「肉体は滅びても記憶の中で人は生き続ける
(木は死んでも生きている)」という普遍的な死生観が残る、切なくも深いおちになっています。




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